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中国ひとくち時評

(まえがき)今年は日中国交正常化40周年だが、これに大きく道を開いたニクソン米大統領の電撃的中国訪問=米中の歴史的和解(1972年2月)からも40周年になる(米中国交正常化は79年)。

最近の日本のマスコミの論調は、米国の中国包囲網強化による米中の緊張激化を報ずるものが目立っているが、これはかなり偏った報道であり、国民の判断を誤らせる危険がある。

40年前のニクソン訪中を演出したキッシンジャー元大統領補佐官(後に国務長官)が、最近、米国の権威ある外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(3月号)に「米中関係の将来―衝突は必然ではなく選択の問題」と題する論文を寄せているが、これを読むと日本のマスコミの論調がいかに皮相かつ意図的なものかを改めて教えられる。

以下、ご参考までにあるメルマガに書いたこの論文への感想を転載する。

 

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私は個人的にはキッシンジャーをあまり好きではない。彼には日本および日本人を一格下に見ている(日本に対する戦勝国意識をにじませている)ところがあるからだ。ニクソン大統領の特別補佐官だった彼が、米中和解への秘密工作を続けていたとき、アメリカの意表をついて中国との国交回復を図った田中角栄に激怒し、失脚させたのは彼である。また、日米安保は中国を対象にしたものではなく、日本の軍国主義復活を抑える役割があることを強調して、毛沢東や周恩来を説得したのも彼である。

 

中国、ロシアをはじめ、世界の列強の首脳たちと渡り合ってきた彼にとって、日本および日本人はいかにも一格下に見えるのだろうが、しかし、日本をこうした国にし、日本の政治家を矮小にしたのは他ならないアメリカだったことに、彼は心の痛みを感じていないようだ。彼の定義によれば、「主権国家の根本とは、他国の制約を受けずに自ら決断を下す権利を有していること」(キッシンジャー著『中国』上下2巻 岩波書店)である。占領終了後60年を経た今なお、アメリカは沖縄はじめ全国各地に広大な米軍基地を保有し、自らの戦略で自由に運用しており、「戦勝国」アメリカから様々な主権制約を受け続けている日本は、まともな主権国家とは到底言えない。

 

政財官に拠る日本の支配層は、国家主権の基本である安全保障や外交の基軸、つまり国家戦略の基本をアメリカに依存してきた(させられてきた)ので、「日本人は戦略的思考が弱い」(キッシンジャー)という状態に封じ込められてきたのだ。もちろん、これに甘んじ続けてきた日本の政財官+マスメディアなど支配層のアメリカ覇権信仰や独立心の欠如を免責するものではない。

 

このように、彼の対日観には不満と批判はあるが、国際関係に対する、とくに米中関係に対する彼の戦略判断には一目も二目もおきたくなるところがある。米中関係は究極において破局に陥ることはない、と私が確信している根拠の一つは、当代屈指の戦略家キッシンジャーがアメリカでいぜん影響力を持つ存在だという点にある。最近出版された彼の著書『中国』(前掲)の「解説」で、松尾文雄氏は彼を「米中関係を構築し続ける男」と呼び、「米中関係の守護者」と言っているが、確かに彼は70年代初めに米中和解を演出し、米ソ冷戦終結への布石を打つなど、世界構造を動かす大事業に携わっていらい、起伏の多かった米中関係を安定化させるため、老いに抗しながらも渾身の力を込めて活動し続けてきている。それは彼が米中関係の安定こそ、世界構造の安定に不可欠の要素だと考えているからである。

 

この度、初岡昌一郎氏がメール・マガジン『オルタ』5月号に紹介してくれたキッシンジャーの論文「米中関係の将来―衝突は必然ではなく選択の問題」は、彼の中国認識と米中関係論をコンパクトにまとめたものであり、著書『中国』(前掲)のエッセンスともいえる。彼はこの短い論文の中で、米中関係について基本的に重要なことを簡潔に述べている。いくつかを例示してみよう。

 

「(アメリカは)戦略的選択として(中国との)対決の道をとるべきではない。米中両国は、長期間の対決路線によって相互に与えうる大損害を考えれば、今日直面している新しい任務に手を携えて取り組まざるを得ない。すなわち、両国を重要な構成要素とする国際秩序を作り上げることである。・・・中国とアメリカの長期的対決は世界経済を変貌させ、すべての国の経済を混乱に陥れる」。

 

「中国の最近の軍事力増強自体は珍しい現象ではない。むしろ、世界第2の経済大国がその力を軍事力に反映させないことのほうが驚くべきことである。もしアメリカが中国の軍事力増強を敵対的行為として反応を繰り返せば・・・際限のない紛争に巻き込まれるだろう」。

 

「米中関係はゼロサム・ゲームではなく、強力で繁栄する中国の登場はアメリカにとっての敗北ではない。協力的アプローチは両側にある既成概念に対する挑戦になる」。

 

「同様な地理的規模と比肩しうる国際的力量を持ちながら、政治的文化的に大きく異なる国と向き合うことは、アメリカにとってほとんど前例のない歴史的経験である。これは中国にとっても同じことであろう・・・中国とアメリカは現実に耐え続けるほかに道がない。両国は独自の利益を追求しながらも、実際の政策だけでなく、用いる言辞においても、相手の抱く悪夢に配慮し、疑心を煽らない責任を負っている」。

 

以上、若干の例示だが、日本の政治家が格下に見られても止むなしと思わざるを得ないほど、深い洞察に基づく卓見が続く。

 

ここに示されているように、彼は世界構造の安定のためには、米中基軸の世界秩序を作ることが基本課題だと考えている。いわゆる「G2」(米中)論である。しかし、彼は別のところ(国際討論会『中国は21世紀の覇者となるか?』早川書房)で、長期的にはBRICS(伯、露、印、中、南ア)など新興国が世界構造の中軸を占める多極共存の時代が来るとの構想も示している。キッシンジャーの世界秩序への展望ないし構想は、「中期=G2、長期=多極共存」ということのように思える。

 

しかし、キッシンジャーの多極論は最近始まったものではなく、米ソ冷戦終結の頃からのものである。私が彼に注目するようになったのは、彼が世界構造を変える一頁となった米中和解の立役者だったと言うだけでなく、冷戦終結後「唯一の超大国」となったアメリカで「一極支配」を謳歌する世論が高まり始めた頃、これに冷や水をかけるようにアメリカの衰退を予言し、世界が多極化するとの展望を持っていたこと、つまり、彼の世界認識、時代認識の深さに感銘を受けて以来のことである。彼は冷戦終結、ソ連崩壊直後の92年当時、すでに次のように発言している。

 

「今まではアメリカン・エクセプショナリズム(アメリカは例外的な特別な国だと言う考え方・筆者注)がアメリカ外交の原動力となってきた。しかし21世紀の国際構造が多極化していくのは、不可避である。今後の国際社会では、アメリカのやり方を他の諸国に押し付けようとする外交ではなく、諸国の国益をきちんと計算してバランスしていく外交政策が必要になるだろう」(伊藤貫『自滅するアメリカ帝国』文春新書)。

 

いずれにせよ、日米同盟の深化と称して、軍産複合体が主導するアメリカの世界戦略に自ら進んで組み込まれ、「中国封じ込め」戦略に前のめりに加担しつつ、ヒステリックなまでに反中、嫌中論に傾斜している日本の政財官+メディアの主流派の人々に、卒寿の老戦略家キッシンジャーの謦咳に触れて「早く目を覚ませ」と言いたい。

(本稿は『オルタ』5月号所載のものに加筆したものです。久保孝雄)

 

 

 

 

 

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